松山高等女学校および松山南高等学校同窓会関東支部 オフィシャル ウェブサイト

支部報第39号同期会だより

第11期同期会中伊豆旅行(小林重雄)
昨年10月1日(日)☀︎、2日(月)☁︎、11期の松山・大阪・東京地区合同の一泊旅行が中伊豆にて行われた。東京では定年退職後、同窓会の日程に合わせ、開会までの時間を東京近郊の名所に集まり、揃って同窓会に向かうプランがあった。その後近年では同窓会の日の翌朝、ホテルがチャーターしているバスにて草津、奥日光、富岡、熱川など行楽地への一泊旅行で再会し、観光と昔話に興じることが続いてきた。
今回は姫路(平成27年)、松山(平成28年)に次ぐ中伊豆での三地区合同同期会、当日は新宿・横浜からホテルバス、松山から飛行機、大阪から新幹線で、中伊豆の大仁ホテルに全25人が元気に集合。ホテルは巨人で活躍した長嶋のトレーニングロードを登った高台にあり、集合当日は窓から富士山を眺めることができた。ご馳走を酒類と共に頂き、個々に近況を話し、全員がカラオケルームに移動。「高校三年生」やNHKの朝ドラの主題歌などを歌い、久々の旧友と楽しい時間を過ごせた。
翌日はやや曇っていたが、まず三島スカイウォークで吊橋を背景に記念写真に納まり、その後江川邸と世界遺産韮山反射炉へ。修善寺温泉に移り、昼食は生山葵で蕎麦、落ち着いた雰囲気の竹林とせせらぎが気持ち良かった。もちろん修善寺にもお参りした。ホテルで新宿・横浜へ帰るホテルバス組11名が降り、残り14名は『喜寿』の健康祈祷を受けに三嶋大社へ向かった。
全体的にも綿密に計画されていて満足の同期旅行であった。
私の住む地(つくば)に到着したころ雨が降ってきたが、旅行中は行楽日和でラッキーだった。両日とも一万歩超とスマホの記録にある。私たちはすでに後期高齢者。今後も会話やメール通信によってコミュニケーションを図り、常緑樹のままでありたいと考えている。私自身、植物園で園内ガイドや除草のボランティアを今年も続けている。

14期14回目の同期会(濱田 人)
平成29年11月9日(木)午前11時半から午後2時まで、多目的レンタルスペース「香音里」で同期会を行いました。
平成5年に卒業30年を記念して第一回を神楽坂で開催し、奇しくも30名が集いました。今回で14回目となりますので、節目の年と勝手にこじつけて、思い出の地神楽坂を選びました。近年は女性が参加しやすい平日の昼食時決めています。民家を改造した落ち着いた雰囲気の貸切パーティー会場で、心置きなく高齢者定番の話題で盛り上がり、楽しいひと時を過ごしました。
来年もこの時期に開催することになりましたが、参加者の中から輪番制でお願いしてきました幹事も一巡してしまい、くじ引きにより次回は伊賀上さんと吉川さんが担当になりました。14名集まればとの思い入れ企画も、ここ数年の出席者減少傾向の歯止めに効なく、参加者は次の10名でした。伊賀上武、井上敏雄、江戸邦江、大野義法、岡野恭子、窪田靖子、戸田紀子、濱田人、松浦俊子、吉川登紀子(名簿順、敬称略)。

第15期同期会「成るか成らぬか修学旅行の再現」企画(玉井崇夫)
今年度より、三好紀子さんが、本紙「関東支部報」の副編集長を務めることになりました。それで早速、僕にも寄稿の御下命があって、「書くことは、その一時期を共有できる記録になります」と添え書きがありました。うまい殺し文句です。
三好さんには、六年前、我ら15期の感じをお願いしました。その秋の同窓会(総会)のお世話係で、受付に和服姿で立っておられたのを思い出します。これは単に自分のお洒落だけでない、彼女らしいおもてなしの気働きだったのでしょう。ともあれ幹事との兼務で、ご苦労様ですが、本紙面で新風が吹き込まれんことを期待します。
ところで、地元松山の同期会では、毎年、納涼会を催しております。昨夏は僕も出席しましたが、47名の出席者がありました。お盆の帰省時期なので、県外からの参加者も多いと聞きました。それは関西方面からで、関東支部からの常連は柳沢寛君と宮本潔君くらいなのではないでしょうか。
一方、東京では、栗原清道君が春と秋の二科展に上京して来ると、仲間に声を掛けあって、展覧会場でミニ同期会を開いておりました。しかし、近年、栗原君が体調不良のために絵画活動を停止したので、この機会は失われてしまいました。じつに残念です。
かねてより、東京と松山の同期会を結ぶ(さらに言えば、東京から提案できる)何か面白い企画はなかろうかという話が出ていました。その一案が、高二の時の修学旅行で訪れた思い出の地の再訪です。当時、修学旅行は東京と九州の二班に分かれてました。東京班は、高浜港から尾道へ渡り、大阪駅から夜行列車で一泊。熱海駅で降り、バスで伊豆高原をめぐって箱根、小田原、江の島。翌日に鎌倉、横浜をまわり東京に到着。翌日、日光見物の後、湯元温泉泊。帰りも夜行列車。ハード・スケジュールの五泊六日の移動でした。
今日、古希を過ぎた我々には、もう無理です。真似できません。せめて、まずは東京の、例えば宿「太栄館」と周辺の本郷界隈に限るならば、プランニングが可能です。計画倒れに終わっても仕方ありません。もう僕らは大らかに考えて進むしかない年齢なのです。
追記:5月29日、疋田(安藤)トモ子さんが亡くなられました。ご冥福をお祈りします。合掌

事務局長 二浪誠一 TEL 090-2431-5370

PAGETOP
Copyright © 松山南高等学校同窓会関東支部 All Rights Reserved.